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2012-08-20 | 日々思うこと

秋風が吹き始めると

秋風がふきはじめると、ちょっぴり物悲しいような感じになりますね。

学生の頃、沖縄や石垣島や与那国島を真夏に3週間ぐらい旅して、真夏の太陽!素晴らしい!とガンガンに盛り上がって島々をブラブラ。でも帰り船と電車でのんびり北上しながら帰ってくる途中、太陽の光がだんだん弱まってきて、季節も秋にむかっていて、エネルギ−がさがってくるあの寂しさというか切なさを思い出します・・。

で、山羊座的な世界は建前とか、結果とかを目指して、内面の感情を無視してひたすら邁進していくようなイメージなのですが、対抗の蟹座というのは、内面の感情重視でひたすら邁進していくような感じですね。

ここ数年は山羊座的な感じで来ていたのですが、たどりついてみるとそこはまったく味けのない無味乾燥な、そんな場所だったと愕然と気付いていたりする。砂食ってるような世界。

そうですねバラエティ拒否してるわけだから、豊かな味わいはないのですね。

太陽を求めてガツガツ動いていたけど、季節はすぎ、もう次のサイクルに入るのだよと言われているかのよう。

まぁそこにたどりつくプロセスは体験しなくてはいけないことであったとは思うのだけど、もう次のステップへ移行する時期みたい。

内面の感覚を呼び戻すモードに入らないといけない感じがします。

 

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2012-07-31 | 日々思うこと

自分はアイデアを売っているので落としどころを考える

吉田のアメブロは情報が多過ぎてわかりにくい!とか、情報アップするときは立て続けですね、とかいろいろ言われるんですけど、まぁ双子座だから許して(笑

企画のお手本は、私は以前勤めていたアンティック&ギャラリーのお店の経験からなのでございます。ギャラリーとアンティックっていう2つの要素を同じ空間でやるっていうのは当時新しいのではなかったのかと思います。あえて2つやるっていう。

なので自分も、あえて異なる領域に自分が踏み込んで縁をつくるときもあるし、できるだけかぶらないモノと何かをぶつけるが考えの基本です。

それで、社長のアイデアが10年ぐらい先をいってたのね。

社長は86年から店はじめてて、当時ハーブティー売ってたらしい。当時「この草なんですか?」ってよく聞かれたらしい。スージークーパーっていう女性の陶器も早くに扱っていたし。

商売って見えない何かをキャッチすることそのものですよね。

私がいたときは「働いている人のライブ感を出す!」とかいって印刷工房兼グリーティングカード屋やってました。2005年ぐらいまで。

吉祥寺でそんな店が今できていて、ああ〜とうとう活版の手作りのカードの時代がやっと、やっと、やってきたなぁっ思って、ホントに社長は早くアイデアをとりすぎだったのだなぁ〜なんて思っています。

お店はアンティックやアートというモノという最終バックエンド商品があったけど、さて私は講座のアイデアをたてているわけで。私の場合最終ものはなんだろうか?と思ったりして自分のアイデアをどう形に落としていくかを模索中。

双子座木星だしぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っていうあたりからも流行予想しながら、ね。

 

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2012-07-30 | 日々思うこと

スパイス料理教室

今日はご飯をよく食べに行く吉祥寺のサジロカフェ、シブァカフェ、サジロクローブのオーナー、ニールさんのネパール料理の教室へ。

シヴァカフェさんで「ダルバート」という定食があって、私はそれにはまってしまってしまったんですね。優しいスパイスに身体がはまったみたいなのです。

お店も素敵なのでタロット講座や何かがあるときはほとんどそこへお連れするというパターンでございます。

お豆のスープとか、漬け物、野菜の総菜の作り方がわかりました〜!家庭料理だからシンプルなんですよね。

これダルバート。現地だとお米はポソポソのお米、ヨーグルトとか野菜もつく定食もあるみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りにスパイスのセットもお土産でいただいて嬉しかったです。

 

 

 

 

 

2012-06-23 | 日々思うこと

次の時代のセラピー

ここ最近、20代後半からの方のチャートなどを立て続けに読むことが多いのですが、この世代の方々は土星も冥王星も天秤座とか木星とかもとか、これでもかこれでもか天秤座の人が多いですね。

天秤座の強い人の意思決定の方法は「誰かにまず聞く」っていうのはほんとですね。最後まで迷ってまよってまよってまよってやっぱこっち!みたいな感じで決めるパターンが多い。あと意志決定を「あの人がそういってたから」みたいな感じでも決めたりする。

天秤座のすごいところは、その場の他者に300%ぐらいエネルギ−注げることかなーって思いますヨ。

天秤座の人は「対人関係」がテーマだから、ここでほんとに鍛えられた人たちがこの世の中のセラピーの主流をつくっていくんだろうなぁと思いました。関係性をつくる!とか、パートナーシップのための!セラピーっていう感じがするなぁ。

世代交替という言葉をしみじみと感じるのですよね〜〜

30代のはじめのころは、サターンリターンも終わって無我夢中。そのあといろいろ体験変化経験して走り続けてはっと気づいて40代。

そうすると「世界が次の世代になってる!」ということに気づくのですね・・・・。

まぁ気づいただけでもいいか。

 

 

2012-05-14 | 日々思うこと

星にも生死があることを知ったとき

小学校にあがって、図書室なるものを知り、そこで、偉人伝(エジソン、ベーブルース、野口英世の3点セット)、またはシートン動物記、ファーブル昆虫記が最初であった。あれはなんでだろうね。

で、本好きな私が好んで読んでいたのは確かこの本。

この本で星、太陽にも寿命があることを知り、大衝撃を受けたのだった。宇宙に生きるものの宿命を、子供ながらに、厳粛に受け止めていたのかもしれない。それからたくさん本を読んだが、私にとっては、村上龍と同レベルぐらいの衝撃本である。

星も生まれて死ぬ??今でもその不思議さはかわらない。でもまたどこかで新しい星が生まれる宇宙の神秘。宇宙自体はずっと変わらずそこにある。

タロットの星も「永遠とは何か」を問いかけているのではないかと思うのだ。

2012-05-07 | 日々思うこと

WordPressがわかるようになってきた

私は2005年からブログをはじめ2009年からアメブロやっていたのです。

当時はまだ西荻窪の有名なパン屋さんでタロット鑑定やってたんだけど、オーナーさんが「来年移住するからお店しめるからそのつもりでね〜」といわれ、「自分お客さん集めなくちゃ!」という逃げられない状況だったので、かなり必死こいてました。

そして当時はアメブロやったほうがいい!という直観ではじめていたのですね。

ブログで集客っていう勉強もしてみたし、タロットでググルと自分のブログが上がる仕組みもわかりました。なんでも量やれば叶うって思う。

でもひととおりやってきて、フェイスブックに代表されるコミュニケーションそもっと大事にした新しい時代がきてるような気がします。

タロットに関しては、ほんと一生懸命考えていることだから記事は増えていたので、よりすぐってまとめようとしてました。

昨年秋から、やっては消し、やっては消しの繰り返し。まったくWordPressわからなかったのですが、ようやく最近なじんできました。だいぶアメブロからの記事も移動できつつある。

ほんとあのときはできなかったのに、いつのまにかスムーズにできるようになっている。物事がスムーズに行くタイミングって絶対宇宙が決めてると思う。

あそうそう、宇宙にゆだねる=コントロールするをやめるってことだからね。

でも意図は必要っていう・・・この世はねじれたひもだらけで結びつけられている。

 

 

2012-05-04 | 日々思うこと

犠牲者であることをやめるということ

祖母が亡くなって2年経つのだが、生前は聞くことがなかった話しを聞くようになった。

先日は実家に帰ったおり、また祖母の話がでて、亡くなる数日前に祖母の12歳離れた実の弟を呼ぼうとしたら

「私が本当は吉田の家を継ぐはずだったのに、弟が生まれて嫁に行き、私は必要ない苦労をしたからあいつは嫌いだ。だから呼ばないでよい」と母に言ったそうなのだ。母もビックリしたらしい。(ちなみに祖母は嫁いでから猛烈苦労した人である。)

祖母は死ぬ間際まで、被害者としてのエゴも持っていたのかと唖然とした。

そして家のための犠牲というのは、母もそれを選んだんだということ。

そしてある意味私にも、知らないうちにおおいかぶさっている無意識の了解ということにも気づいて愕然となる。うちはちょっといろいろ複雑なのよそのあたり。

誰もが誰かと比較して、自分がこれだから不幸なのだというのはもうやめにしないかと心底思った。

なんか最近そういうことリアルで感じることがあったから。もっと自分を中心でいいってこと。人のためもいいけどさ。自分をまず充実させてからだよって。もっと自分を尊重しなさいって言われているような気がしました。

過去でもなんかあったと思うんだけどもうそんなストーリーはほんとに必要ない。

そして、私は状況の被害者でなく

私であり私でない私が事実を「今」から創造するのだと心に決めた。

 

 

2011-08-06 | 日々思うこと

タロットは78枚の意識の万華鏡

タロットは78枚の意識の「かけら」というのをしみじみ感じます。それぞれの組み合わせで様々に変わる万華鏡のようです。

万華鏡のようにキラキラそれが日々瞬間に、自由に変化していくイメージです。同じ模様は2度と現れません・・・・。心はいつも自由・・・なはず。

私が昔アンティック屋で働いていたときの話。

仲良いお客様だと、夜お店閉める直前にやってきて・・・あれこれ話をしていくことが多かったです。

お人好しな社長のお店の雰囲気から、お店はお悩み相談室みたいなところでもあり、私もお客様によくつきあっていましたね・・・・・

その中に、良い生まれのお家のお嬢さんだったのですが、周囲と折り合いが悪く、大変な苦労した方がいたのです。そりゃもー信じられん!という話で・・・・。

「その中でも希望をもって今までやってこれたのはなんでですか。」という私の質問にその人は

「だって心だけは自由ですもの」

という答えをおっしゃってました。今でもその瞬間の雰囲気が私の心に突き刺さっています。

心はいつでも自由。あり方で現実はいくらでも変わる。タロットはそんな現実の自由な見方を提示してくれるツールだと思っています。

 

 

 

2009-12-07 | 日々思うこと

翻訳業に憧れた時代もあったのだった

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小さい頃、近所のそばやのおじさんは、実は英語も大得意で、休みには英語の通訳?みたいな仕事もしてた、ずいぶん時代を先取りしたおじさんがいたのです。私はあまりに小さかったので、そのおじさんと話したことはないんだけど。

親が「佐賀屋のおやじは英語ききながらそば打ってる」って言ってた記憶があり。

うちの父はそのおやじに憧れがったのか、私が幼稚園ぐらいから、「リンガフォン」でスペイン語勉強していた。そのうちフランス語になって、退職後までずーっとフランス語を毎日NHKでラジオ勉強していたすごい人なんです。固定宮が強いわけでもないのになんでだろね。

でもどこか会話学校にいくのはいやで、単に一人で、黙々と勉強しているのが好きらしい。そして憧れのパリを夢想するのが好きみたい。

父は退職した年に生まれて初めてパリへ行ったんだけど、多分相当嬉しかったと思うよ。

凱旋門近くのブランドショップでフランス語で買い物してみれば〜〜と母や妹や私のいじめのような修行にもめげずネクタイ買ってました。

父が外国文化を家に入れていたからか、私も中学校時代は「外国」に憧れまくってて、高校生になったらアメリカ西海岸でホームステイしたい、って思ってたんだけど、高校へ行ったら毎日毎日楽しくて、すっかりそんなこと忘れてしまった。ああ流されやすい私・・・。
英語の通訳とか、何かを翻訳するというのは、憧れだったんだけど、タロット、絵画分析、西洋占星術などに足をつっこんいるうちに、私は外国語の言語を翻訳ではなくて、「象徴」を翻訳したいのだなーということが、最近、腑に落ちています。

まぁ英語でタロットもしてみたいけどねぇ〜〜!
潜在意識といかにコミニュケーションするか、それを上手に汲み上げて、今ここの私をどう行動させるか、そういうことが私の大事なやる事みたいでございます。

 

「象徴の効果を決めるのは解釈者の力である・・・」
蛇儀礼p139ドイツ語版解説 ウルリヒラルフ

 

2009-01-30 | 日々思うこと

意味の奴隷になるなかれ

1,占い師になって思った事

私は占いの現場を数年経験して、もっと自分の学ばなければならないと思った事は、占い術というよりも、心理的はアプローチだと思った。「占い結果はわかった、じゃぁこれからどうしたらいいの?」ということに対しての答えの導き方でした。
人は言われる事より1番、納得することは「「自分で気付くこと」だったりするわけで、その助けとなりる、心理的な部分でのアプローチを、もっと知りたくなったのです。いわば占い師の押しつけでなく、お客様の視点で新しいビジョンのヒントを投げかけないと意味ないと思ったのです。
正確にチャートを読むのはもちろん必須だけど、それだけじゃないよって思うのです。目の前のお客様あっての占い師なんです。お客様には、占い師の言葉の「意味の奴隷」にさせてはいけないんです。そこあたりひじょーに微妙なのです。薄皮1枚で変化する。

「意味の奴隷」なんて書いたけど、でも私も占い師。言葉でお客様を閉じ込めてはいないだろうか?????そこらへんとても自分で気になっていたし、何かいいメソッドはないかと思っていたのです。

でもってコーチングを考えたわけですね・・・・。コーチングは良いメソッドではある。もうすべてクライアントまかせ!みたいなところあるからね。

占いと良いバランスなのではないかと思いますよ。

占星術勉強している人に、意外と意味の奴隷になる人ってけっこ多い。「ああーー私金星土星スクエアなんで〜〜」って「へぇーそれで??」みたいな気持ちになりますよ、ええマジ。私意味の奴隷になってる人きらいですから。

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2008-09-22 | 日々思うこと

キュビスムの視点、リモートビューイングの視点

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ピカソ「泣く女」

キュビズムとは、ピカソなどが有名な絵のスタイルです。誰でも見た事あるあの、「ピカソみたいな絵は俺にも描ける」と1度は思うような、ああいう絵です。

でもキュビズムって言う視点とリモートビューイングしていく視点って全く同じ意識の部分をつかってるよねぇ・・・・。と今日ひらめいちゃった。
普通の絵画はある1点のところから、3次元的な世界を構築していくわけです。透視図法とかありますよね。でもキュビズムは前から見たり、後ろから見たり、斜めからみたりする視点を複数持って、それを画家の造形センスで1枚の絵にしてる。あの、へんてこに見える絵となってるわけですよね。

リモートビューイングも私の場合は特に、あるモノに対して近視眼的に近寄るタイプなので、リモートビューイング中に、ちょっと離れてみようかなとか、俯瞰したらどうかなとか、いろいろ視点を変える努力をするんです。

近代の画家、ピカソとかキュビスムの画家って、「眼に入る印象を認知する」部分でいろいろ考察していた感じがあるんですけど、それってまさにリモートビューイングチックな意識の使い方だなーと、思ったのでした。印象派は色と光で、キュビスムは形で・・という差だろうか。

ふふだからなに?って感じですけど、私にもほんとの意味でキュビズム作品描けるかも・・・・と思ったんだけど、こういうばらばらな視点のまま、行くっていうの、人間は耐えきれないことなのかと思ったりする。ある一つのお話として、わかりたい欲求っていうのは、人間強いと思う。世界をばらばらになってしまうと、自分自身も解体してしまうから。普通な感性でなくなるってことです。だから本能的に恐れている。世界がばらばらだってほんとは知りたくないんじゃないかと、思ったりする。

自分というフィルターは世界を見るための安全装置なんですね、きっと。

ピカソのキュビズムといえば「アビニヨンの娘達」MOMAへどうぞ。下の真ん中、見てみてくださいね。
こじつけてピカソはタロットカードでいうと、13死神とか、7戦車とか、5法王とかかなぁ。

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