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2011-04-02 | 5 教皇

タロット教皇

1、タロット教皇 表向きもっともパワフルカード

タロット2枚コンビネーション読み

教皇はキリスト教で1番エラい人ですね。クリスチャンの国でない日本人はあまりピンとこないものではないかと思います。私もクリスチャンではないので、本当の意味の凄さはわからないと思っている。

ただ私はバチカン市国へ行った時に、サン・ピエトロ広場を前にして「この広場埋まるぐらい、法王のお話には人集まるのか〜〜!!とスケールを見てびっくりしたことがあります。大昔から・・・・人を集めるこの仕組み・・いったいなんなんでしょうね・・・。

そして現在のローマ法王と中世の法王とは性格的に違うものだと思います。

私が持っている本に「中世職人づくし」という版画本があるのですが、中世の様々な職業が版画と詩とともに載っています。料理人から、仕立屋、紙すき、音楽家・・・・・その中で最初のページには「教皇」がのっているんですねぇ!!!

そしてそれぞれの職業の詩もあるんですが、教皇のには「異教徒をぶっつぶす!」みたいな過激なことが書いてあって、当時のキリスト教の絶対的な支配力を見せつけていると思います。

教皇
この世のありとあらゆる
心をにぎるのがこのわしじゃ
地上には 異端・異教がむらだち
これらすべてを いたるところで
聖なる神のことばをもって
力のかぎり根だやすのが わしじゃ
かくてキリスト教世界すみずみまで
信仰一致の平和がつづく

まぁ魔女裁判とかね・・・。あったらしいですからね。

 

でもこの宗教があって「生き方の規範」みたいなものができるあわけですから教皇は「社会のモラル」とも言います。より人間らしく良く生きるための規範です。表側の生き方・・みたいなこともありそうですね。

またこの規範を自分自身が信じていないと「これいいよ!」って広められませんから、「信念」という意味もでてくるでしょう。

宗教は生き方の価値観をつくりますが、言い方変えると洗脳するという意味ですね。また洗脳は教育の違った言い方とも言えます。

現代を生きる我々は少なからず洗脳を受けています。洗脳されないとこの社会で生きることも大変になってきますから、すべてが悪ではないわけですが・・

これが怖いのは「自分と違う価値観は叩きのめせ」っていう考えになりやすいこと。

そして自分の刷り込まれた価値観が、透明な枠すぎて、それがあることすらわかりにくくなることです。

誰に刷り込まれたか、どんなものを知らずにかぶっているのか、ということに気づくことは大事な気がする。

 

 

 

 

 

2008-08-25 | 5 教皇

タロット教皇の逆位置をイメージする絵画

1、教皇逆位置のイメージの絵は「枢機卿と尼僧」

教皇は社会的なモラルとかいう意味があると考えると、逆位置は、「インモラル」な感じという雰囲気もありそうです。
「いけませんわ〜〜〜〜」って感じです。背徳とか・・そんなもの。

 

 

 

枢 機卿と尼僧 エゴンシーレ 1912

 

エゴンシーレは28歳で亡くなった画家ですが、とても20代とは思えない絵を描いてます。ちなみに「エロス全開」な絵と「自画像」が多いです。エロス方向がちょっと自己愛的な感じもあります。でも観察する眼というのは冷静です。自画像が目線で自分をえぐっていてちょっと痛いです。自信満々な自画像もあることはあるんですけども。
私は線だけのデッサンが特に好きです。スッッバらしいです。
でも小さな子供のヌードのデッサンとかして、それがもとで警察つかまったりしてます。そのあたり過剰なのですが、これも教皇逆位置ぽい話ですね。

黒と赤の組み合わせは赤:個人的な実感、情熱。黒:限界を越えるなど。赤黒は、自分の個人的に追い求めるものに過剰に集中している状態という感じでしょうか。手足のばらばらな感じ、ぎくしゃくした関係。いびつな赤い三角形が妙に凶暴。宙に浮いた二人の足、むかいあってない。中途半端な関係。重たい雰囲気。焦燥感。求めても得られない。無理矢理。

この尼どれぐらい拒否してるんでしょうか。手の表情はこわばってるけど、強烈な拒否という感じしない。とうとう捕まってしもた・・飲み込まれ寸前という、諦めみたいな感じもするんです。それに対しての枢機卿の表情がよくわからん。人形みたいです。

この絵はシーレの師匠クリムトの作品を意識した作品らしいですが、シーレはクリムトが目指した、夢のような男女の融合感より、緊張感を醸し出しています。融合を拒んでる。

ここまでくると、道徳なんてないですね。気を許すとあっという間に「逆位置」な意味になってしまう。社会というのはそういうもんかもしれない。表と裏の変化は早そう。