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2012-05-04

犠牲者であることをやめるということ

祖母が亡くなって2年経つのだが、生前は聞くことがなかった話しを聞くようになった。

先日は実家に帰ったおり、また祖母の話がでて、亡くなる数日前に祖母の12歳離れた実の弟を呼ぼうとしたら

「私が本当は吉田の家を継ぐはずだったのに、弟が生まれて嫁に行き、私は必要ない苦労をしたからあいつは嫌いだ。だから呼ばないでよい」と母に言ったそうなのだ。母もビックリしたらしい。(ちなみに祖母は嫁いでから猛烈苦労した人である。)

祖母は死ぬ間際まで、被害者としてのエゴも持っていたのかと唖然とした。

そして家のための犠牲というのは、母もそれを選んだんだということ。

そしてある意味私にも、知らないうちにおおいかぶさっている無意識の了解ということにも気づいて愕然となる。うちはちょっといろいろ複雑なのよそのあたり。

誰もが誰かと比較して、自分がこれだから不幸なのだというのはもうやめにしないかと心底思った。

なんか最近そういうことリアルで感じることがあったから。もっと自分を中心でいいってこと。人のためもいいけどさ。自分をまず充実させてからだよって。もっと自分を尊重しなさいって言われているような気がしました。

過去でもなんかあったと思うんだけどもうそんなストーリーはほんとに必要ない。

そして、私は状況の被害者でなく

私であり私でない私が事実を「今」から創造するのだと心に決めた。

 

 

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