プロフィール続き 占い師になるまでもなってからも山と谷の道

占い師になるまで・・太陽冥王星スクエア持ちの中年期の危機は、危ない橋を渡る

鎌倉のお店が閉店した後、東京へ引っ越しました。漠然とまだまだ何かやれると思っていたからです。

東京へ来てからは版画作品を作りながら、派遣社員で働いていた時期もありました。厳しく安定しない日々でした。ちょうど中年期の危機といわれるネイタル冥王星トランジット冥王星スクエアの時期です。

いろいろな会社を見て、そして歯車で働く虚しさを知った時でもありました。このまま給料をもらうだけでは何も残らない・・・と思ったのです。お給料も少ないから、知ってる人は知っている日雇い派遣とかもしたことあります。色々な労働を見せられた。お前は何を選ぶんだ?と天から問われていたと思います。

自分の個性を使わず組織の中で歯車になることがとても辛いことだなと感じました。

そんな絶望の中でも作品は作っていて、タロットのアクリル絵の個展を2008年に西荻窪でやったのですね。この時にはもう気持ちは限界で、個展終わったら実家に帰ろうかな・・って思っていたのです。

そしたら、この個展で高校時代の友人が来てくれたのですが、彼女の働いている会社でバイトしないかと声をかけてもらい、すんなりバイト決まってしまいました。超絶に環境良いところでした。

そしてその翌月には、習っていた松村潔先生が占い館を作る話があって占い師を募集するオーディションがあったのです。応募したらそれに受かったので、そこで占いの仕事にすることになったといういきなりな展開になりました。それが2008年。

タロットの絵を22枚個展で描いたからなのかわからないけど・・ほんと私にとっては「何かを作り上げること」は大きく人生を変えていくなと思っています。

そして占い師活動をオープンにしていったわけです。最初はこのカミングアウトは勇気がいったけど、意外と周りのウケは良くてね・・・・占い師は怪しいって思われがちだけど、私の知ってる占い師さんは、みんな勉強熱心で真面目な人ばかりでしたから、これから占い師っていう仕事が認められるといいなぁって思っていました。

震災があって1からやり直し

西洋占星術は一通り学んでみたけれど・・・

さてその後、占い師になって3年目に震災がありました。ちょうどコーチングのプロ資格合格して、さぁこれからという時に、2ヶ月後に震災にあってしまって・・・・あれだけ頑張って勉強して合格したコーチングへの火が消えてしまいました。

あの時期「人はどうせ死ぬんだ」みたいな気持ちに強くなってしまって・・・ちょっと鬱になっていたと思う。体調も崩してしまい体から立て直しが始まりました。だから気功と太極拳も始めたのです。

この体調の乱れは心のこともあるかもしれないと、ヒプノセラピーを学びはじめました。ヒプノではすっかり忘れていた母親に対しての怒りの思い出を思い出しました。そう、私の幼い心は母に対してまだ怒っていた!!!これも大きな気づきでしたね。

家族の占星術

また私は海外の占星術雑誌から「家族占星術」というのがあることを知ることになります。家族という組織を、占星術と心理セラピーで向き合っている研究者が海外にはたくさんいるのだなと思いました。

それらの本によると一族のテーマを見るには、両親や兄弟だけでなく、祖父母や伯父伯母など誕生日を調べて一族の共通のテーマを探るとありました。

私はホロスコープというツールを使って、私の一族のストーリーを考えてみようと思ったのです。それは私の中でのタブーとなっていた伯母の自殺を考えることでもありました。

叔母は当時の「教育ノイローゼ」だったという話でした。まだ鬱という病名もない時代です。私はとてもカンの良い子供だったので、叔母は自分の娘と私の差を気にしているんだな・・って思ってました。叔母はおもちゃでもなんでも「真似」されていたと思う。子供心に「そこまでするか!」と感じていました。

私は何もしていないけど、彼女の死は、私が原因だったのではないかと勝手に思い込んでいました。今にして思えば、叔母の家の家族構成(怖い姑の存在やキレの悪い旦那、また実家に帰れないという時代背景)も大きく影響をしていたとは思うけど、子供の私はそこまでの広い視点では考えられなかった。

なので彼女が化けてでてくるのではないかと、死後数年は本気で怖かったのです。だから大人になっても彼女のホロスコープ をみることは恐怖でもありました。

しかし、古い戸籍を取りにいきました。戸籍に記載された伯母の生まれた日や亡くなった日付をみるだけでも、激しい「恐怖」を感じました。この年齢になってでさえ、その罪悪と恐怖の感覚は残っていたわけですね。

しかし淡々と、叔母のチャートを読み、亡くなった日のチャートを調べてみたり、周囲の人間たちにはどういうインパクトだったのかということも調べてみてました。

そして私はその死をホロスコープというツールを使って、ようやく・・・ようやく客観的に自分と切り離して思えるようになったのだと思います。

そして親戚のホロスコープをながめていると、それとは別に私の祖母からはじまる一族のストーリーは、既に祖母の死によって終わったのだと感じました。

家を追い出された娘が、もう1度家を取り戻そうとするが、取り戻せないっていう祖母のストーリーがあり、私を含む登場人物は、その舞台に用意された舞台の俳優たちなのかもしれないなと思うようになったのです。もうその舞台は終演だよと。

この一連の作業は、私の潜在意識に終わりを強く告げるシンボル的な行為となったようでした。

なぜなら翌年、甥が生まれ私が「伯母」となったから。

私は新しい命がこれから経験する環境の一要因となり、新しい一族のストーリーが始まったのです。

そして2020年現在

ここまで読んでいただきありがとうございました。仕事の裏側でこんなことをしながら、12年経ちました。

甥っ子も3歳になり、家族のストーリーは新たな局面を迎えていくと感じてます。

さらに2020年、誰も予想しなかった形で社会が大きく変わる時を迎えましたが、新しい時代と共に自分も変容させねばなりませんね。

って書いていたら、ひょんなことから本格的な方から夢分析を受けることになり、とても刺激的な時間を過ごしています。私の高校時代の「ユング研究所で心理分析受けたい」っていう願いが30年ぐらいかかってかなってしまいました。この経験もいかして今後活動できたら良いなと思っています。

内面の心を整えること、体を整えること、これがこれからもっともっと大事になってくると思っています。そのための面白くてためになるものをもっともっと生み出していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

よしだ
よしだ

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