プロフィール

武蔵野美術短期大学グラフィックデザイン科卒業。ブックデザイン事務所勤務後、銅版画工房で版画の技術を学ぶ。

画廊に勤めていた時、版画作家さんの木版のカルタ「悪魔骨牌(あくまかるた)」に触発され、版画の1種としてタロットに興味を持つ。またタロットのパスワーキングを知り、パスワーキングしてイメージを寄せ集めた2005年オリジナルタロット版画を制作。

2008年から占い師活動スタート。タロットや占星術は主に松村潔氏に習っています。
2011年米国CTI認定プロフェッショナルコーチ(CPCC)資格を取得。

2017年サビアンシンボル360個を消しゴムハンコで彫った「サビはん」を3年ほどかけて完成。絵本やカードを制作。現在販売中。

2020年より夢告堂 今井晥弌先生に教育夢分析を受け始め、夢解きセッションをスタートしています。

・タロット&西洋占星術占い師
・米国CTI認定プロフェショナルコーチ(CPCC)

最初に人の「心」の繊細さ感じたのは・・

人の意識に興味を持ったのは、私が7歳ごろからです。

私が小学校に入った頃、叔母が今でいう鬱病らしき心の病を起こしていました。叔母には私と同じ年の娘がいてよく遊んでいたので、家にもしょっちゅう遊びに行っていました。

当時7歳でしたが、大人の会話と空気から、叔母が「心の病気になった」ということを強く把握していました。今叔母が家にいないのは、病院に入っていることも把握していました。その病気は以前と「心が変わってしまう」ということまでわかっていました。

数年療養したのち、突然彼女は自分で死を選びました。このことを通し「人の心とはいったい何か」という考えが芽生えていたように思います。その一件は一族のタブーになって誰も振り返る人はほとんどいない。でも爪痕は消えないということも今も感じています。

またその死によって、今振り返れば、私は幼いながらの罪の「暗示」をかけていました。その死は、私の存在も関係しているだろうと感じていたのです。その暗示を解くための心の勉強を、私はずっとしてきたと、今になって思います。そんな経験から、私の根底にある重要なキーは潜在意識です。

2:西洋占星術を学びはじめたわけ

子供の頃、そんな出来事があったのですが、その後は学校も問題なく普通の家庭で普通に育っていきました。それは闇の蓋をしていたということでもあったかもしれません。ちなみに高校時代、もっと頭が賢ければ「精神科医」になってみたかったです。河合隼雄先生の「無意識の構造」を読んで1番心に残っているのは「ユング研究所で心理分析をうけた」というくだりで「私もユング研究所で分析うけてみたい!」と思ってました。

しかしそのためには河合先生みたいに京大にいかないといけないと思ってしまい、絶対に無理だろうと思ったので、2番目に興味のあったデザインやアート方面に舵をとることにしました。高校時代とてもふつーな子だったので、親も驚いたし、友人も驚いていました。

しかし絵のほうもそんなに才能はなく、2年も浪人してしまいました。浪人時代は最高に楽しかったですが、第1希望には行けずじまい、短大にようやく滑り込みました。ここで一つ目のプチっとした挫折感を味わいました。あまり学生時代も楽しめなかったです。燃え尽きてました。

その後さらに重たい挫折を味わいます。在学中からバイトでブックデザイン事務所に入れたのですが、社員なれたのはよかったのですが、社員となると勝手がちがってきて、仕事で行き詰まり、やめました。

あまりの忙しさに体力がついていけなかったり、自分の能力のなさで、社長にガミガミ怒鳴られたり、未来の展望が見えないことなどいろいろな要因が重なり燃えつきました。それは人間関係も含め、喜びや楽しさをすべて剥奪された感覚でした。

美術デザイン方面で道をたどってきたけど、いつの間にか「大学に行くこと」が目標になってしまってその先の何か作り出すエネルギーは枯渇していました。そのままバイトしてたけど、やっぱりなんか違うかも・・・を感じていたのも事実。その無意識的な考えが現実を引き寄せていたようです。

しかし当時はまだ若くて心のことなぞわかっていませんでしたから、やめたときは激しい自己嫌悪と罪悪感のみ。そして美術に対して自信が本当になくなってしまったので芸術はもう一生やらないと思っていました。ちょっと引きこもったんですが、「体を動かしたい」と思ってスポーツクラブでバイトをしはじめました。引きこもりのわりに健康的な行動をしているのですよねw

バイトは受付で、会員さんにタオルとロッカーキー出すだけのバイトでした。朝から晩まで仕事、時には徹夜みたいな生活でなくて「こんなラクな仕事と生活があるんだなーーー」と思っていました。また私は接客むいてないと思ってたんだけど意外に向いてた。気楽にはなったけど、『これからどうしていったらいいんだろう?とかなぜこうなってしまったのだろう?』という答えは真剣に知りたかったので、それを探し求めていろいろな本を読みました。

最終的に1番納得いったのが西洋占星術でした。松村潔先生の本を何度も何度も読んでいました。

また当時、リズ・グリーンさんの占星学という心理占星術の本が出たばかりでそれも貪るように読みました。私が興味あった「心理」と「星占い」はすでに統合されていたのです!!当時星占いというと少し子供だましのように思う人も多い中で、私は今後この方向は世の中に広がっていくだろうと確信しました。

天から与えられた才能を知って最悪なものを最良に変容させる

当時、芸術で挫折した私は必死で「何をして生きていったらよいか」その答えをホロスコープに見出そうと思いました。私の人生のテーマは挫折を味わいやすいと言われている(太陽と冥王星スクエア、それもオーブ1度以下)を持っています。

太陽は光り輝く中心ですがそれが冥王星という闇の王にへし折られてしまう組み合わせ。昔の占星術であればそれは『最大の凶』であり最低の人生ということになるでしょう。しかし、

でも生まれ持ってしまったから、変えられない。これを活かす考え方を選択しよう。

と、私は自分の与えられた設計図から思うのです。天から与えられたものをずっと最悪と思っていたら人生は最悪になる。こ最悪なものからどう自分の最良の人生を創り上げるか?

それを考えていくことが大事なのです。ホロスコープに表面的に現れる現象に右往左往しない。それが占星術を生かした生き方だと思います。

20代挫折した私は、結局やらないと思っていた芸術方面にまた戻ります。好きだった版画を習い始めました。私の人生に芸術はやはり外せないと思ったし、やっぱりやりたいと思ったのです。偶然良い銅版画工房を見つけ学び始めました。その後その縁でイギリスのアンティック家具やジュエリーと食器を販売しながらそして壁面をギャラリーにしている鎌倉の店でバイトが決まり、そのまま社員になったという不思議な流れがありました。そのお店では閉店までの6年半仕事をさせてもらいました。

最悪な結果だったものから、私はまた助けられたのです。またその鎌倉の店で木版画カルタの出会いが私の人生をタロットへ導き、その後松村潔先生の講座に行くようになり、不思議な世界のさらなる刺激を受けて占い師デビューへ至ったのです。

よしだ
よしだ

しかし占い師になるまでと、なってからも山と谷だらけの日々だったのですよ。興味あるあなたはこちらをクリックしてね。

人生をクリエイトするのは他の誰でもないあなた

ホロスコープはこの人生の設計図です。その設計図は世界の誰も持っていない自分だけのものです。この地球で「これを味わって経験したいんだ」という熱望も含まれた計画書です。それを表現するのがこの地上での人間の役割なのだと思います。設計図にあわせてクリエイトしていく=みんなが個性あふれた芸術家なのです。

またホロスコープを頭で理解するだけでなく、実際に行動できるかが鍵となってきます。それには心を整えることがとても重要な要素になるでしょう。潜在意識の働きを知り、感情の扱い方を知らなくてはなりません。

地球自体が大きな変容を迎えている今、既存の常識だけを信じていく時代はもう終わりました。心の力を目覚めさせ、あなたの人生はあなたがクリエイトしていくことを、しっかり意識していく時代となったと思います。

心の土台を耕すことは、新しい時代のためのあなただけの心強い指針となるでしょう。そのための占星術講座や鑑定をしています。

よしだ
よしだ

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