プロフィール

武蔵野美術短期大学グラフィックデザイン科卒業。ブックデザイン事務所勤務後、銅版画工房で版画の技術を学ぶ。

版画の1種としてタロットを、またタロットのパスワークに興味を持ち、パスワークしてイメージを寄せ集めたオリジナルタロット版画を製作、個展開催。

2008年占い師デビュー。

2010年独立。2011年米国CTI認定プロフェッショナルコーチ資格を取得。

東京吉祥寺を中心に活動中。

潜在意識とエーテル体、気功・太極拳が現在のテーマ。

・タロット&西洋占星術占い師
・米国CTI認定プロフェショナルコーチ(CPCC)
・開運名刺デザイナー

1・私のセッションで大事にしていること

私の根底にあることについて書いておこうと思います。

人の「心」の興味

人の意識に興味を持ったのは考えみれば私が7歳ごろからです。

私が小学校に入った頃、叔母が今でいう鬱病らしき心の病を起こしていました。ちなみ叔母には私と同じ年の娘がいてよく遊んでいた関係で家にもしょっちゅう遊びに行っていました。

当時7歳でしたが、大人の会話と空気から、叔母が「心の病気になった」ということを強く把握していました。今叔母が家にいないのは、病院に入っていることも把握していました。その病気は以前と「心が変わってしまう」ということまでわかっていました。

数年療養したのち、突然彼女は自分で死を選びました。このことを通し「人の心とはいったい何か」という考えが芽生えていたように思います。

またその死によって、今振り返れば、私は幼いながらの罪の「暗示」をかけていました。その死は、私の存在も関係しているだろうと感じていたのです。

その暗示を解くための心の勉強を、私はずっとしてきたと、今になって思います。

そんな経験から、私の根底にある重要なキーは潜在意識なのです。

その取り扱い方を知らなければ人生は思う通りにいきません。

私が西洋占星術を学びはじめたわけ

子供の頃、そんな出来事があったのですが、その後は学校も問題なく普通の家庭で普通に育っていきました。

それは闇の蓋をしていたということでもあったかもしれません。(ちなみに高校時代、もっと賢ければ「精神科医」になってみたかったです。しかしそこまで賢くなかったので諦めましたが・・。)

そして20代最初に、仕事で行き詰まり、挫折を迎えます。それは人間関係も含め喜びや楽しさをすべて剥奪された感覚でした。

なんでこうなってしまったのだろう?

それを探し求めていろいろな本を読みました。最終的に1番納得いったのが西洋占星術でした。

また当時、リズ・グリーンさんの占星学という本(心理占星術)が出たばかりで貪るように読みました。

私の興味あった「心理」と「星占い」はすでに統合されていたのです!!当時星占いというと少し子供だましのように思う人も多い中で、私は今後この方向は世の中に広がっていくだろうと確信しました。

天から与えられた才能を知って最悪なものを最良に変容させる

当時、芸術で挫折した私は必死で「何をして生きていったらよいか」というのを探していました。その答えをホロスコープに見出そうと思いました。

私の人生のテーマは挫折を味わいやすい(太陽と冥王星スクエア)というものがあります。

太陽は光り輝く中心ですがそれが冥王星という闇の王にへし折られてしまう組み合わせ。もっとも大きな挫折を味わいやすいと言われています。

でも生まれ持ってしまったから、変えられない、どうしたらよいのですか?ということなんです。

天から与えられたものをずっと最悪と思っていたら人生は最悪になる。これを最良のものにするにはどうしたら良いか?最悪なものからどう自分の最良の人生を創り上げるか?

それを考えていくのが、占いに飲まれない本当のクリエイティビティある人生だと思います。

その後、私は結局好きだった版画を習い始めたのですね。芸術はやはり外せないと思ったし、やっぱりやりたいと思ったのです。偶然良い版画工房を見つけ学び始めました。その縁でアンティック家具やジュエリーと食器、そして壁面をギャラリーにしている夢のような鎌倉の店でバイトが決まり、そのまま社員になったという不思議な流れがありました。

最悪な結果だったものから、私は助けられたのです。そのお店では閉店までの6年半仕事をさせてもらいました。

すごく忙しかったけどすごい楽しかった。商売の基本を叩き込まれた感じですし、タロットをやるきっかけになった版画家にも会えたし、美しいアンティークをたくさん見れたし、ほんとにいろいろあったけど充実していました。

お店が閉店した

さて6年半という間、社長と私、そしてバイトさんで店を回していました。

その間にフロアはもう一つ増え、私がそこの店長になりました。(社員は私だけだった)二つのフロアで毎月展示をやって・・商品も売るという体力限界な日々・・・・

しかしやめるにやめれない状況でした。結構大変でこの頃から再び占星術を読み始めていました。

この在職中に、初めて松村潔先生の占星術鑑定を受けたことが大きな転機の一歩だったと思います。

私と社長の相性を見てもらったのですが、納得の相性で、私は乙女座を意識しないといけない双子座なのだと改めて納得したのでした。

やはり潜在意識で関係性を意識し、それをやりきると次の扉が開くようです。その鑑定後1年半ぐらい後には16年半続いたお店は閉店を迎えました。

お客様には惜しまれながらでしたが、私にはようやく解放されるので本当にスッキリしていました・・。お店を構えて活動することを体験し尽くしたと思います。

東京へ思い切って引っ越しをしたのは閉店して半年後、進行の新月(占星術での人生の節目のタイミング)ちょっと後でしたね。

東京へ来てからの厳しい日々 太陽冥王星スクエア持ちの中年期の危機は、危ない橋を渡る

東京へ来てからは版画作品を作りながら、派遣社員で働いていた時期もあります。

いやぁほんとつらい日々だった・・・。

いろいろな会社を見て、そして歯車で働く虚しさを知った時でもありました。このまま給料をもらうだけでは何も残らない・・・と思ったのです。お給料も少ないから、知ってる人は知っている日雇い派遣とかもしたことあります。色々な労働を見せられた感じ。お前は何を選ぶんだ?と問われていたような。

私は今まで「個性」が出る職場ばかりだったので、自分の個性を使わず組織の中で静かにやることが、死ぬほど辛かったのですね。この世の仕組みに絶望しました。

そんな中で作品は作っていて、タロットのアクリル絵の個展を2008年に西荻窪でやったのですね。この時にはそのあとの派遣先を決めていなかった。もう気持ち的には限界で、個展終わったら実家に帰ろうかな・・って思っていたのです。

そしたら、この個展で高校時代の友人が来てくれたのですが、彼女の働いている会社でバイトしないかと声をかけてもらいバイトが、すんなり決まってしまいました。そしてその翌月には、習っていた松村潔先生が占いのスペースを作るっていう話があって占い師を募集するオーディションがあったのです。応募したらそれに受かった・・・ので占いを仕事にすることになったのであります。

タロットの絵を22枚個展で描いたからなのかわからないけど・・まぁほんと私にとっては「何かを作り上げること」は大きく人生を変えていくなと思っています。

そして占い師活動をオープンにしていったわけです。最初はこのカミングアウトは勇気がいったけど、意外と周りのウケは良くてね・・・・占い師は怪しいって思われがちだけど、私の知ってる占い師さんはみんな勉強熱心で真面目な人ばかりでしたから、占い師っていう仕事が認められるといいなぁって思っていました。

スタートダッシュはかなりバリバリとやり始めたのです。

震災があって1から気持ちがやり直し

西洋占星術は一通り学んでみたけれど・・・

さてその後、占い師になって3年目に震災がありました。ちょうどコーチングのプロ資格とって2ヶ月後に震災にあってしまって・・・・あれだけ頑張って合格したコーチングの火が消えてしまいました。

あの時期「人はどうせ死ぬんだ」みたいな気持ちに強くなってしまって・・・ちょっと鬱になっていたと思う。体調も崩してしまい体から立て直しが始まりました。だから気功と太極拳も始めたのです。

またさらに心の学びを深めて行くことになりました。この体調の乱れは心のこともあるかもしれないとヒプノを学びはじめました。ヒプノではすっかり忘れていた母親に対しての怒りの思い出を思い出しまして・・。これも大きな気づきでしたね・・。

また私は海外の占星術雑誌から「家族占星術」というのがあることを知ることになります。家族という組織を、占星術と心理セラピーで向き合っている研究者が海外にはたくさんいるのだなと思いました。

それらの本によると一族のテーマを見るには、両親や兄弟だけでなく、祖父母や伯父伯母など誕生日を調べて一族の共通のテーマを探るとありました。

私はホロスコープというツールを使って、私の一族のストーリーを考えてみようと思ったのです。

それは私の中でのタブーとなっていた伯母の死を考えることでもありました。

古い戸籍を取り寄せました。私は最初亡くなった伯母の生まれた日や亡くなった日付をみるだけで「恐怖」を感じました。この年齢になってでさえ、その罪悪と恐怖の感覚は残っていたわけです。

しかしこれで乗り越えなければ何かが終わりません。

頑張って叔母のチャートを読んで見たり、亡くなった日のチャートなを調べてみたり、周囲の人間たちにはどういうインパクトだったのかということも調べてみてました。

そして私はその死をホロスコープというツールを使って、ようやく・・・ようやく客観的に自分と切り離して思えるようになったのだと思います。

そして親戚のホロスコープをながめていると、それとは別にどうやら私の祖母からはじまる一族のストーリーは、既に祖母の死によって終わったのだと感じました。

この一連の作業は、私の潜在意識に何かを強く終わりを告げるシンボル的な行為となったようでした。

なぜなら翌年、甥が生まれ私は初めての「伯母」となったのでした。

なんという運命のいたずら・・・。私は新しい命がこれから経験する環境の一要因となり、新しい一族のストーリーが始まったのです。

ホロスコープからあなた自身を整える

ホロスコープは生まれてきた計画書です。その設計図は世界の誰も持っていない私だけのものです。それは本当に素晴らしい計画書なのですよ。

ホロスコープを深く知ることで他人と比べなくなります。自分を最も大事にし愛したくなります。

意味を深く知り、気づきを学ぶことで、人生がびっくりするような変容を起こし、素晴らしい豊かさを受けとることができます。

私の鑑定はそのような根底を大事にしながら、最良の人生に変容するエネルギーに詰まった鑑定です。あなたとのご縁お待ちしております。

 

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